REPORT
五味醤油株式会社代表 五味仁氏/歴史ある会社と地域の文化を受け継ぎ、育てる醸造業
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五味醤油株式会社代表 五味仁氏/歴史ある会社と地域の文化を受け継ぎ、育てる醸造業
むすぶしごとLAB.は第一線で活躍する経営者や専門家をお招きし、地方での仕事の作り方や働き方のヒントを探すための実践的な学びと交流の場です。2023年度第3回目の講座では、五味醤油株式会社代表 五味仁さんにご登壇いただきました。
五味醤油株式会社は、明治元年に山梨県甲府市で創業して以来、150余年にわたって醸造業を営んできました。現在は味噌と麹の醸造・販売を行っており、昔ながらの木桶と手作りの麹で作られた、風味豊かな味噌を提供しています。
今回は、6代目を継いで味噌製造販売をしている五味仁さんに、事業継承を決意するまでの経緯や、地域の人々と協働した新しいビジネスモデルについて、お話を伺いました。
日本でも珍しい製法の甲州味噌を地域資源に
五味さんは山梨県甲府市で味噌の製造業を営む6代目。大学時代に味噌や漬物、発酵の勉強を研究し、卒業後はタイの醤油工場で3年間ほど勤務しました。その後、実家に戻り、五味醤油を継承したそうです。
五味醤油が製造しているのは山梨県の地味噌である「甲州味噌」。米麹と麦麹の二種類を使う合わせ味噌であり、全国的にも珍しい製法で作られています。
「山梨県のように、地味噌と、それを使ったほうとう鍋などの郷土料理が残存しているケースは非常に貴重。食文化そのものが貴重な地域資源、観光資源だと考えています。ところが、甲州味噌自体も、あまり知名度は高くないので、まずはみなさんに知っていただきたいという思いがありますね」
普段は妹の洋子さんとタッグを組んで「発酵兄妹」として活動中。仁さんが出したアイデアを、洋子さんが形にするという分担で、8年ほど兄妹二人で五味醤油を切り盛りしています。
五味醤油がある甲府市は、人口が少ないため近隣の住民向けのビジネスをするには向いていないと感じていたそうです。しかし、東京へのアクセスが良いため、コロナ禍を経て移住する人が増え、街全体の雰囲気も変わりつつあると言います。
「移住者のクリエイターや若者が増えた中で、地域に根差した五味醤油が果たせる役割は大きいと感じています。例えば、味噌作りを行う冬以外の時期には、イベントスペース『KANENTE』を、作家さんの展示の場やキッチンスペースとして貸し出しています」
五味さんは、美味しい甲州味噌を届けるだけでなく、味噌作りを通じて地域の食文化を守っていきたいと考えているそうです。現在は、地元のラジオ番組への出演やオンラインショップ、手作り味噌教室の運営を行い、地域内外の人に向けて、日々、甲州味噌と発酵醸造文化を広めています。
五味醤油と醸造業界の未来を承継する
五味さんが事業承継を考え始めたきっかけは、五代目のお父さんが怪我をした際に、仕事を手伝ったことでした。大学で発酵について学んでいたとはいえ、実際に作業をしてみると、知らないことばかりで戸惑ったと言います。
「それまで家業を手伝ってこなかったので、まずは醸造のこと、味噌のことをしっかりと知ろうと思いました。当時は大学生だったので、フットワークの軽さを生かして、同業他社の経営者さんにたくさんお話を伺いに行きましたね。その中で、私と同じように家業の醸造業を継いだ方に出会い、自然体で仕事をする姿に憧れて、自分も醸造業の道に進もうと決意しました」
コロナ禍でも好調に事業を成長させてきた五味醤油。現在、大好評の味噌を増産するために、設備投資の必要に迫られており、事業として過渡期にあります。醸造業は機材が大型・高価なため、10年、20年規模での利益回収が前提になるそうです。事業承継の良さとして、新しい企画を始める時にも融資を受けやすいことを挙げながら、設備投資を含めた、今後のビジネスモデルを模索していると語りました。
「今後、設備投資する機会には、地域の人や、一般の人との交流が持てるような工場設備にしたいと考えています。これまで醸造業は、消費者の皆さんにとって身近で必要とされている産業だから、必然的に続いていくと楽観的に考えていました。しかし、歴史ある醸造業者が後継者不足で廃業を決断したという話を聞いてから、後継者を育てるための行動をしなければいけないと痛感。後継者不足の背景には、醸造業自体が若い世代にあまり知られていないということもあると思います。そのため、一般の方が工場見学をしやすい設備にしたり、地域の人々と一緒に味噌作りができるシェアキッチンのような設備を増やしたりしたいと考えています」
長期的な視点を持って挑戦を続けていく
地方での飲食店の開業を目指す受講者には、周りの反応に敏感になりすぎないことも必要だと語りました。
「私が拠点にしている甲府市も、人口が多くないので、閉鎖的な街ではあります。新しいことを始めづらい雰囲気を感じたこともありましたが、まずは、あまり周りを気にせずに初めてみてはどうでしょうか。5年から10年くらいの長期的な視野で考えれば、応援してくれる人も少しずつ増えてくれるはずです」
また、五味さんと同様に醸造業を継いだ経営者の中には、前職が食品や醸造とは関係ない業種だったという人も多いそうで、これから事業承継を考える受講者へエールを送りました。
「事業承継では、前職が承継元の業界と関係なくても、興味があるなら挑戦してみることをおすすめします。むしろ前職の経験を生かして斬新なアイデアで発想したり、これまでとは全く違う視点で事業を見たりしていけるので、面白い発展ができるかもしれないと思いますね」