REPORT
山口理容店4代目 山口太郎氏/軸足は変えずに殻を破る、老舗理容店の挑戦
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山口理容店4代目 山口太郎氏/軸足は変えずに殻を破る、老舗理容店の挑戦
むすぶ しごと LAB.は、第一線で活躍する経営者や専門家をお招きして自分らしい仕事のつくり方や働き方のヒントを探る実践的な学びと交流の場です。2025年の第4回講座では、山口理容店の4代目の山口太郎さんにご登壇いただきました。
山口理容店は、神奈川県葉山町で100年以上続く老舗理容店です。4代目店主である山口太郎さんは、地元から愛される店を守りながらも、YouTubeチャンネルによる国内外への発信やマッサージ世界チャンピオンの獲得など新しい挑戦を続けている人物。100年企業がデザインする伝統の継承と革新について聞きました。

革新を生み続ける理容店
山口理容店は大正9年(1920年)の創業。創業当時は「一柳理髪店」という店名でしたが、婿入りした2代目が「山口理容店」に店名を変更し、現在に至ります。山口太郎さんの父で3代目の昌男さんは、進歩的な考えの持ち主で、理容師だけでなく美容師の資格も取得。当時は両方の資格を持つ「二刀流」は珍しかったそうです。
また、昌男さんは、現在も店のトレードマークとなっている特別なデザインの暖簾を掲げました。暖簾の中央には目を惹く「け」の文字、「け」の左右には「男」と「女」という文字が描かれており、まるで銭湯の暖簾のよう。「男でも女でも毛があれば切れるよという意味だと思います」と太郎さん。インターネットのない時代にお店を面白く宣伝しようとした、父の“遊び心”を汲み取ります。
そんな父の働く姿を見て育った4代目・太郎さんも「変わったことや面白いアイデアを行動に移すことができる父親の血は継いでいるかな」と常識に囚われない考え方を受け継いています。
太郎さんが理容の技術を学んで葉山町に帰ってきたのは新型コロナウイルスの流行が始まった2020年ごろ。山口理容店での仕事は、夜間営業から開始したそうです。父が店に立つ午前9時から午後6時までの昼営業が終わった後の時間帯を利用。深夜までサインポールを回し続け、「夜髪切れます」と張り紙を貼ったところ、仕事終わりのサラリーマンや休日のお出かけ前に理容院に駆け込みたい人たちから重宝されるように。ニッチな需要に応え、話題になりました。
その後、日中の営業も開始し、現在は親子で隣合って接客しています。「お客さんとの関係性とかを見て、色々な技を盗んでいる」と太郎さんは父と切磋琢磨し合う関係性を続けています。

伝統の技とASMRの融合
変化を厭わない山口理容店のユニークな活動の一つが、YouTubeチャンネルの運営です。2025年までに登録者が10万人を超えるチャンネルに成長しました。
始めたきっかけは、新型コロナウイルスの流行。外出の自粛ムードで自宅で楽しめる動画の需要が高まる中、太郎さんが「床屋の良さを伝えたい」と注目したのが音「ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response・自立感覚絶頂反応)」という分野の動画でした。ASMRは、水の音や咀嚼音など聴覚への刺激や映像で、人に心地よさやゾクゾクした感覚を楽しんでもらうコンテンツ。ASMRのチャンネルを運営している人からオファーを受けたことから、「床屋のカットの音やシャンプー、ヘッドマッサージの音で、床屋の気持ちよさを今風に表現できないか」と挑戦することを決めたそうです。
床屋のマッサージでは、頭を叩くなどといった伝統的な技法を用いています。そんな伝統の技を映像と小気味良い音で発信すると、国内外から反響が。配信のマッサージやシャンプーを受けたいと視聴者が来店することもあるそうです。太郎さんは「伝統的な技術をただやるだけでなく、世の中に合わせて発信したり、良さを表現したりすることがすごく大事」と発信の重要性を強調します。
太郎さんはシャンプーやマッサージ、カット、髭剃りといった理容師による一連のサービスを「特別な体験」に昇華させようとしています。じっくりと行うマッサージのほか、ピアノを弾いたり、お香を焚いたりすることもあるそうで、「ほかじゃやらない演出や独自の雰囲気づくりは、小さいお店だからこそできる価値だと思う」と話します。SNSやYouTubeを見て来店する人たちの感覚は「どんな感じかワクワクする」といった遊園地に行くときの感覚と似ているそうで、「体験した方がすごい」と感じてもらうため努力を惜しみません。
マッサージの大会で世界一に

山口理容店が提供する価値について「総じて癒し。髪を切るということは、お客様にとってやっぱり心地よいと思うんですよね」と語る太郎さん。ただ、全国にある床屋や美容院の店舗数はコンビニエンスストアよりも多いと言われており、「上手に切ったり、希望通りに切ったりするのは当たり前」(太郎さん)と選ばれる店になるためには努力が欠かせません。
独自の武器になるものを考えたとき、太郎さんの頭に浮かんだのはマッサージの技でした。「父ちゃんも昔からシャンプーやマッサージを長くやってて好評だったのを見てて、これは一つの武器だし、自分も提供していきたいと思った」と語ります。じっくり時間をかけて行う頭部や肩へのマッサージの技は太郎さんの「ウリ」となりました。
しかし、理容師が集う大会ではカットやパーマの技術を競うものしかなく、マッサージの技術をアピールする機会がありませんでした。そんな時、2025年に日本でマッサージの世界大会「マッサージ選手権ワールドツアー」が行われることを知り、「自分のマッサージの技術がどのくらいの評価をもらえるのか」「自分のやっていることをもっと発信したい」と大会への出場を決意します。
太郎さんが出場したのは、どんな人でも参加できるフリースタイル部門。シャンプーやヘッドマッサージといった山口理容店で行っている普段通りの技術とともに、「床屋」という独自の世界観を披露したところ、部門で優勝。さらに、総合優勝を決める決勝戦でも勝利をつかみ、世界チャンピオンになりました。
世界チャンピオンとなったことは自身の“武器”を広く発信する機会になり、海外からのオファーやメディア出演などの機会にも恵まれました。
守ること、破っていくこと
「良いものは守りつつ、変わる時代に合わせて自分なりに壊していかなきゃいけないところは、徐々に破っていく」と仕事への姿勢を語る太郎さん。新しい挑戦をする一方で、「年間何十億をあげるから海外に来てくださいと言われても僕は断ります。大事なのは『山口理容店』で働くという軸はずらさないで、自分なりの新しいことをどんどんやっていくこと」と語ります。
年々売り上げが良くなっているそうですが、「その勢いをなくさないためにも考え
ているのは、常連さんを大事にすること」と自身の原点にも目を向けます。辛いときになぜ始めたのか立ち帰れる場所があるからこそ「何をやったって安心」と山口理容店に軸足を置き続ける重要性を語りました。「床屋は情報のハブになっている」と地域の情報や人をつなげる床屋の役割にも面白さを感じているそうです。
太郎さんにとって家業を継ぐ重圧は、それほどなかったそう。事業承継した理由は「この店がなくなっちゃうのは寂しい」という思いが自然に湧いてきたから。「気持ちよかった」「ありがとう」「またね」と山口理容店を愛してくれる客の喜びを肌で直接感じるときのやりがいが山口さんを突き動かしています。
3代目である父から事業承継をしたのは2025年。
「僕には口出ししない。優しいお父さん」と父について話す太郎さんは。「何も言わないってことは、『俺とはやり方は違うけど、お前らしくやれば良いんじゃない』って認められてんのかなって思っています」と話します。家業としての厳しい決まりやしがらみに縛られることがなかったからこそ、自由な発想が生まれているのかもしれません。
「好きなこと、やりたいことで人に喜んでもらって、お礼言われるのは幸せなこと」と自身の働き方を振り返る太郎さん。夜間営業もしているため深夜3時まで仕事をすることもあれば、お客さんの予定に合わせて早朝から仕事を始めることもあります。そんな生活と仕事を分けにくい暮らしだからこそ「ワクワクするものをちゃんとやりたい。ワクワクしなければ新しいことを始めたくないかな」と話します。