REPORT
青二才 社長 小椋道太氏/人もコミュニティも育む店づくり
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青二才 社長 小椋道太氏/人もコミュニティも育む店づくり
むすぶ しごと LAB.は、第一線で活躍する経営者や専門家をお招きして自分らしい仕事のつくり方や働き方のヒントを探る実践的な学びと交流の場です。2025年の第1回講座では、株式会社青二才の代表取締役社長、小椋道太さんにご登壇いただきました。

小椋さんは、2007年に東京・阿佐ヶ谷で第1号店の「青二才」をオープン。2013年には2号店の日本酒バル「中野青二才」で人気を集めると、その後も新店舗を立ち上げ、現在は5店舗を経営しています。小椋さんのつくる店は、提供するお酒や食事だけでなく、「気の利く友達」のような接客スタイルやそこで生まれるユニークなコミュニティが特徴。小さな店の強みとはなにか探りました。
ブルーシートに集まる常連客
岐阜県で飲食店を営む家で育った小椋さん。上京したのは実家の飲食店を継ぐための勉強をするためでしたが、東京で過ごすうちに自分の店を持ちたいと思うようになったそうです。「自分の店を持ちたい」と考えていたものの、当時は人脈や経営の実績、資金はない若者。「エネルギーと時間だけはある」と月曜日から土曜日まで飲食店で勤務。朝7時に家を出て、夜1時に家に帰るという生活をしていたそうです。

当時、働く中で抱えていたのは「この生活を続けていても、実際に自分のお店が持てるのは45歳くらい。実家を継ぐことをやめたのに」という葛藤でした。そんな小椋さんが、唯一の休日だった日曜日に吉祥寺にある井の頭公園を散歩していると、公園の一角で路上ライブをする人やハンドメイド作品を販売する人、似顔絵を描いている人たちが目に入ったそうです。
「何かしたいけど何もできない僕から見たら、その人たちはすごくかっこよく見えて。僕も自分の店を東京で持つ夢に向かって、一歩でも動き出さなきゃと思ったんです」(小椋さん)
こうして小椋さんが井の頭公園で始めたのが、レジャーシート1枚を広げた上にいくつかの一升瓶を並べ、通りがかりの人にお酒を売るという挑戦。次の週も同じ場所で「開店」すると、「お兄ちゃん、今週もやってんだ。じゃあ1杯飲んでくよ」と先週と同じ人が訪れました。「初めて自分に付いてくれた常連さんみたい」と自分の行動に客がつくという初めての経験に感動を覚えたそうです。
次第に、同じように公園で活動する人たちも井の村に合流。BGM代わりの音楽を演奏するミュージシャンや、家族連れに似顔絵を描くアーティストなど「お酒じゃない何かが集まってくるのがすごい楽しい」とお酒を通じて賑やかなコミュニティが生まれたのです。
寒い時期を除いて定期的に「開店」するようになったその場所を「井の村」と呼ぶようになり、最終的に10畳のブルーシート4枚に約100人が集まるほどの規模にまで成長しました。ただ、「この公園で45歳を迎えるわけにはいかない」と小椋さんは常連客にも背中を押される形で、次のステージに進むことを決意しました。
間借り営業を経て独立へ

小椋さんが次に挑戦したのは、飲食店の定休日を利用した間借り営業でした。当時は間借り営業の前例がほとんどなく「借りているお店の物を傷つけてはいけないから、営業日の前日深夜に入って、営業後は徹底して掃除をしました」とほぼ休みのない生活をしていたそうです。この間借り営業を約1年続け、小椋さんは27歳でついに独立。阿佐ヶ谷に1号店の「青二才」をオープンしました。
「最初の5年は、やりたいようにやり過ぎて、気づいたら5年が過ぎていた」と当時を振り返る小椋さん。そんなとき、「ここだけで終わるのか」と再び周囲から背中を押され、2号店の立ち上げを決意します。
2号店の立ち上げが、特色ある店づくりを深める転機に。1号店立ち上げの際、メニュー表の料理は5種類ほどでしたが、酒は300種ほどに上っていたそう。小椋さんが地ビールやワインなど様々なお酒をも勉強する中で、日本酒を深掘りした瞬間に新しい人脈が次々と生まれる体験をしたそう。「不思議なお酒」と小椋さんはその経験を踏まえ、2号店を日本酒バルとしてオープンしました。
2号店では「日本酒のハードルをめちゃめちゃ下げよう」と出せるお酒の分量の中で一番小さな3勺(約60ミリ)でいろいろなお酒を飲んでもらうスタイルを打ち出しました。このスタイルがヒットし、その後も次々と新しい店舗の立ち上げにつながっていきました。
客を惹きつける大胆な戦略
「お客様もお店も、スタッフも、同時に成長していくのが一番らしい」と語る小椋さん。青二才では、小椋さんだけでなくスタッフの成長も特色ある店づくりにつながっています。
スタッフの移住がきっかけで、新店舗を立ち上げることもありました。当時、長年働いてきたスタッフが、家庭の都合で沖縄に移住すること。そのとき、小椋さんは沖縄に青二才の店舗があれ
ば、退職しなくて済むと逆転の発想を実行しました。そうしてオープンした新店舗は、新型コロナウイルスの影響を受けながらも順調に成長。今ではそのスタッフに店を譲渡し、現在は「錨(アンカー/Anchor)」という店名で営業しています。
「一つの組織にずっと居てもらう難しさは長年感じていた。つながりを持ちながら独立してくれたらこっちも気が楽だし、その人にとっても将来が見える」と小椋さんは振り返ります。
働き方が多様化する中、従業員のライフステージに合った働き方ができるような事業も模索。東京に集まる面白いモノやコトをオンラインや実店舗で届ける「ARCADE TOKYO(アーケードトーキョー)」は、夕方から深夜までの勤務が体力的に厳しい従業員にも働き続けられるような選択肢としても展開しているそうです。
また、メニュー開発が得意なスタッフに自由に店を任せることで、客一人当たりの単価が全店舗の中で一番高い店に成長した事例もあります。
このほかにも、小椋さんが「僕も何をやっているか分からない」と話す店舗もあります。そこでは、店の鍵を持った客が、セルフサービスで飲食から精算までを行ってもらう形式。客同士の交流が盛んに行われるコミュニティが形成されるという常識に囚われない営みが生まれています。
店もスタッフも客も成長している

小椋さんには、間借り営業をしているときから共に店づくりをしているパートナーがいます。高校時代の同級生で、当時から相性が良かったそう。
事業を始める際、「二人の関係性が悪くなるなら、ビジネスを1回捨てよう」と決めており、ずっと良い関係を続けながら事業を支えています。
そんな心強いパートナーがいる一方、人材不足の時代における人材確保を課題の一つで、スタッフの育成に力を入れているそう。「選んで来てもらう」ためには、店のコンセプトを磨くだけでなく、魅力的なスタッフがいることも大切にしています。
小椋さんの店の接客のこだわりは「すごく気の利く飲み友達」という接客スタイル。気づいたらお水が注がれている、気づいたらトイレが綺麗になっているなど「すごくいいやつ」と思ってもらえる距離感覚を目指します。この接客スタイルが、客との関係性を深め、今の店のあり方にもつながっています。
客と距離の縮め方として、青二才では、全店舗でスタッフがテキーラを無料で振る舞う権利があるそう。スタッフが客ともう一歩距離を近づけたいと思ったときにテキーラで乾杯。楽しさとちょっとした辛さを共に味わうことで、より記憶に残る店となりファンになってくれる客もいるそうです。
青二才と客のユニークな関係性の中で「一定数のトイレを勝手に掃除してくれる人たち」も現れているそう。友達のような感覚のスタッフがトイレ掃除に行く姿を見ることで、「友達の家のトイレは綺麗に使おう」という感覚が生まれ、自発的にトイレを綺麗に使う客が出現。
「お客様からも僕たちの会社に一歩踏み込んでくださる方が多い。このことが10年以上続けるモチベーションにもなっている」(小椋さん)
また、「店も街の一部だなと感じている」と小椋さん。街の清掃活動や新型コロナウイルスで暗くなったまちの雰囲気を明るくする取り組みなども展開し、「街を元気にしたいといったことは常に考えている」と話します。客やスタッフだけでなくまちとの信頼関係も育みながらつくる、居心地良い場づくりが続いていきそうです。